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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)3094号 判決 1960年1月27日

原告 岩崎千鶴子

被告 東進交通株式会社

主文

被告は原告に対し金四五万七二一七円とこれに対する昭和三二年五月一三日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

本判決は仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決と仮執行の宣言を求め請求原因として原告は訴外亡岩崎丹治の配偶者であるところ、右丹治は昭和三一年八月四日被告会社に運転手として雇われ被告会社の貸切旅客自動車運送事業たる自動車運転に従事中同年一二月二〇日午前二時五五分頃都内中央区日本橋株式会社白木屋百貨店前にて都電停留所安全地帯に激突しよつて頭蓋骨折により死亡するに至つた。そこで原告は被告に対し労働基準法第七九条第八〇条同施行規則第四二条により、亡夫岩崎丹治の平均賃金の一〇〇〇日分に相当する遺族補償金並に平均賃金の六〇日分に相当する葬祭料を請求する権利を有するところ、亡夫丹治の平均賃金は金一〇〇三円一一銭であつたので被告は遺族補償金並に葬祭料合計金一〇六万三二九六円六〇銭を支払う義務がある。しかるに原告は右金員のうち、六〇万六〇七九円六〇銭を労働者災害補償保険法により給付を得たので、その残額金四五万七二一七円とこれに対する訴状送達の翌日である昭和三二年五月一三日以降完済まで年五分の割合による損害金の支払いを求めるため本訴に及んだ次第である。

被告の本案前の抗弁事実を否認し本案に対する被告の主張に対し被告会社が自動車旅客運送業である特質上運転手の大部分が午前四時頃までその業務に従事しているので実質上被告会社の午前一時までに帰社する旨の規則は遵守されていないのみならず右規則に違反したとの一事を以て帰社時限以後の行為を業務外のものと断定することは許されない。また泥酔運転速度違反の如きも単に被告の想像に過ぎないし、かりにかような事によつて亡丹治に重大な過失があつたとしても本訴は労働基準法第七九条第八〇条による遺族補償並びに葬祭料の請求であり、同条等に基く請求権の発生には死亡者の過失の有無を問わないことは同法立法の趣旨や右法条の解釈上極めて明かである。

なお被告は昭和二九年七月九日東京地方裁判所より更生手続開始の決定を受けたが、昭和三三年四月一四日同裁判所より更生手続終結の決定を受けたと述べた。

立証<省略>

被告訴訟代理人は本案前の抗弁として、原告の請求を却下するとの判決を求め、その理由として原告本人は本件訴訟を弁護士に委任した事実はない。本件において提出した原告の委任状は偽造であり、本訴は不適法として却下せらるべきである。仮りにしからずとしても労働基準法第八六条二項により、同法による災害補償に関する事項について民事訴訟を提起するには労働者災害補償審査又は仲裁を経なければならないにもかゝわらず、これを経ずして直接本件民事訴訟を提起したのは違法である。以上何れの理由によるも本訴は不適法として却下せらるべきである。

本案について、原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として原告主張の事実中、訴外亡岩崎丹治の事故が被告会社の業務に従事中のそれであるとの点を否認しその他を認める。

右丹治は業務上の事故により死亡したものではない。すなわち被告の就業規則給与規定によれば、運転手は必ず午前一時までに被告会社に帰えるべきであるにかゝわらず、右丹治はこの規定に違反し、当日午前二時五五分頃中央区日本橋白木屋前安全地帯に激突し死亡したのであるが、被告会社では午前一時の帰社時間を経過するおそれのあるときは必ず会社に電話連絡し、了解を求めるべく、無断帰社時間に遅れたときは必ず始末書をとり悪質の者に対しては解雇処分まですることにしている程である。他面被告会社の乗務員遵守通手事項によると「酒を飲んで運転してはいけない」ことになつているにかゝわらず亡丹治は何れかで大酒をあび泥酔ししかもいわゆる居眠り運転をなし、時速七〇キロメートル以上の速度を以て運転したために、右のように安全地帯に激突、被告会社所有の自動車を使用不能になるまで大破させたものであり、かような社則に違反する行為は到底業務上の行為とは称し難い。

かりにそうでないとしても右丹治の事故は泥酔による居眠り運転でまた前記のようにスピード違反を敢てしているので、まことに重大な過失に基くものであるからかような場合には災害補償を受け得る限りではない。なお労働基準局が労働者災害補償保険法により保険金の一部を支払つたのは、同局が前記のような職務外事故死の事実を十分調査せずに給付したものであつて、目下再調査中であると述べた。

立証<省略>

理由

先ず被告の本案前の抗弁について審理する。

被告は原告本人は本件訴訟を弁護士に委任した事実なしと主張するが原告本人尋問の結果によれば原告はその意思に基き弁護士山崎保一を本件訴訟について委任をなし本件訴訟の委任状も自ら署名捺印したものであることを認めることができるのでこの点における被告の主張は理由がないし、また被告は、災害補償について民事訴訟を提起するには労働者災害補償審査会の審査又は仲裁を経なければならないと主張するが旧労働基準法第八六条二項にはかような規定があつたが現行労働基準法においてはかような規定を削除し前置主義を採用していないのでこれまた理由がない。よつて被告の本案前の抗弁はすべて採用し得ない。

進んで本案につき審理する

原告が訴外亡岩崎丹治の配偶者であること、右丹治が被告会社に運転手として雇われていたこと、被告会社は、貸切旅客自動車運転事業を営むものであること、右丹治が昭和三一年一二月二〇日午前二時五五分頃都内中央区日本橋株式会社白木屋百貨店前にて都電停留所安全地帯に激突し頭蓋骨切により死亡したことは当事者間に争いがない。

よつて右丹治の死亡は業務上の死亡に該当するかどうかを判断をする。ここに「業務上とは、制規の執務時間中執務場所において使用者の指揮命令下にある場合を指すのが一般である」が特に本件においては右時間の点について問題を生ずる。証人永岡守の証言や同証人の証言により成立を認め得る乙第一二号証の一乃至一八、乙第一三号証の一乃至二七、成立に争いのない乙第一一号証当裁判所において真正に成立したものと認められる乙第三第四号証によれば被告会社においてはその給与規定などで自動車運転手は午前一時までに帰社することの定めがあり午前二時以後に帰社した者に対しては、往々にして始末書を徴している事実を認めることができる。それゆえに被告は本件事故は午前二時五五分頃の出来ごとで右時間外に係るから業務上のそれではないと主張する。しかし成立並に原告の存在について争いのない甲第四号証の一乃至五(主として昭和三一年一二月中の乗務詳細日報)によれば当時運転手で制限時間におくれるものが相当多いことを看取し得るし、証人岸信治の証言によるも貸切旅客運送の特質上その帰社時限なるものは、他の一般企業における勤務時間とは自らその性質を異にするものであることを認めることができる。しかも運転手が右時限に遅れるおそれあるときは被告会社に通報連絡することによつて多く右社則違反の責を免かれ得ることは証人永岡守の証言により認められるところ、また右時限後においてもこの連絡により被告会社より当該運転手に対し指揮命令をなし得る情況にあることは容易に推認し得るところである。しかも前記甲第四号証の一乃至二五によれば、いわゆる時間外嫁働による収益もすべて被告会社の所得となる事実を認め得るので、無断で帰社時限に遅れた場合に、当該運転手に対し懲戒を与えることがあるとしても、これは単に使用者の企業経営の必要上その内部関係における統制の問題に外ならず無断時間外の運転行為を以て業務外の行為と即断することは許されない。もつとも被告は亡丹治は飲酒泥酔の末本件事故をおこしたもので、かような場合になお業務上のものとは認め得ない旨抗弁し、乙第二号証には飲酒の疑ある旨の記載もあるが、成立に争いのない乙第一〇号証によれば右乙第二号証を以て右飲酒の点を確認することは困難であるし、証人国谷安三同岸信治の各証言その他の証拠によるも結局この事実を認めるには足らない。したがつてこの点に関する被告の主張は採用せず。

次に被告は亡丹治に重大なる過失があるから本件補償金を支払う義務なき旨を抗争する。しかし本件補償金の請求は労働基準法第七九条第八〇条に基く遺族補償と葬祭料の請求であり、これ等請求の要件として、重大な過失の有無を問わぬことは同法第七八条の反対解釈からも明認し得るところ、また実質的にみても右第七九条の補償は遺族に対するものであるから、死亡者の主観的条件如何によつてこれに影響を与えないことを以てむしろ相当と考えられる。よつてこの点に関する被告の主張も理由がない。

原告が亡丹治の妻であること、右丹治の平均賃金が原告主張の通りであることは当事者間に争いがないので被告は前記第七九条第八〇条、並同法施行規則四二条により原告に対し同条等所定の割合による遺族補償並に葬祭料合計金一〇六万三二九六円六〇銭を支払う義務がある。しかし原告は右金員の内六〇万六〇七九円六〇銭の労働者災害補償保険法による給付を受領したことは当事者間に争いがないので前記金員中この部分を控除した金四五万七二一七円とこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三二年五月一三日(この日のことは本件記録上明かである)以降完済まで年五分の割合による損害金の支払いを求める原告の本訴請求は正当なので認容し民事訴訟法第八九条第一九六条を適用し主文の通り判決をする。

(裁判官 柳川真佐夫)

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